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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2988号 判決 1976年8月30日

控訴人(原告) 渡辺まつ代

被控訴人(被告) 古河鉱業株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。控訴人が被控訴人に対し、被控訴人の従業員として雇傭契約上の地位を有することを確認する。

被控訴人は控訴人に対し、二〇七万六八四〇円及び昭和四五年一一月一日以降右記載の雇傭契約終了にいたるまで、毎月一五日限り、月額三万八四六〇円あての金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加する外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

(一)  昭和三九年下期以降同四一年上期における被控訴会社の生産は、銅の採鉱、鋼製煉、石炭採掘及び機械部門において、年ごとに伸張し、販売も順調に伸び、決算期ごとに経営利益、配当可能利益をあげ、黒字が累積して、収益力と財産状況も急激に向上しており、全産業との比較においても劣ることなく、また高崎工場を含む機械事業部は、独立した体制をとり、その製造販売する機械類は、本件解雇前から順調に伸張していたから、仮に会社全体が赤字経営であつたとしても、高崎工場は不況の状況にあつたとはいえず、従つて本件解雇当時、被控訴会社ないし高崎工場が赤字不況の状況にあつたことを前提とする本件解雇は理由がない。

(二)  被控訴人は、本件解雇の理由として、高崎工場における一人当りの人件費は他社の平均値に比較して高く、従業員一人当りの付加価値が低く、労働分配率が高い、その上間接工が直接工に比べ多いから、これを是正する必要があると主張するけれども、人件費を他社並みに引き下げるためならば、高額者を解雇すべきであつて、控訴人ら女子を解雇してもその目的は達成できず、高崎工場全体の販売収入高の規模と解雇された者の賃金総額の比較からして、控訴人らの解雇によつても付加価値は殆んど変らないか、変つたとしても極めて微々たるものである。また控訴人ら女子の解雇により直接工と間接工の比率がどれだけ是正されることになるのか疑問であるから、本件解雇は合理的理由がない。

(三)  企業合理化によつて間接部門である女子工員一〇名の余剰が出たとしても、これを直接部門に配置し、直接工と間接工の比率を是正することも充分可能であるにかかわらず、この措置をとらず、また控訴人ら女子の解雇後、同人らが従事していた業務が廃止された事実もないから、本件解雇は企業合理化に藉口した既婚女子の職場からの締出しである。仮に右事実が認められないとしても、本件解雇は企業合理化に名をかり、従来被控訴人の労務政策に反対して来た控訴人を職場から排除するためのものであつて、解雇権の濫用である。

(四)  本件解雇は労働協約第二九条第一項に違反し無効である。被控訴人は本件解雇は就業規則第七三条の「已むを得ない事業上の都合によるとき」に該当するとしているが、右条項は労働協約の解雇制限より緩やかであり、従つて労働協約と抵触する。就業規則が労働協約と抵触するときは、労働協約が優先するところ、労働協約第二九条第一項(解雇制限規定)の第一号は、使用者側において緊急不可抗力により事業の継続が不可能になつた場合であり、第二ないし第四号は、従業員側において肉体的または法的に労務の提供が不可能になつた場合を規定するものであるから、第五号の「前号に準ずるやむをえない事由があるとき」に該当するとして解雇するには、第一ないし第四号に準ずる事情の発生を必要とする。しかるに本件解雇は右の事情にないにかかわらず行われたものであるから、労働協約の右規定に違反し無効である。

(五)  被控訴人の後記(四)の主張は争う。労働協約の存在自体については争いがないのであるから、控訴人が右(四)の主張をしたからといつて、訴訟の完結が特に遅延することはない。

(被控訴人の主張)

(一)  控訴人主張の(一)は争う。本件人員整理は世上一般にみられるような企業の存続が危惧され、それを脱出するため行つたものではなく、復配体制の確立及び被控訴会社の将来の飛躍に備え、生産のブレーキになつている欠陥部分を改善することを目的とするものであつたから、会社全体ないし高崎工場に、経理上若干の利益があつたからといつて何ら不思議ではなく、機械事業部はいわゆる独立採算制をとつておらず、毎期に設定された利益目標を達成する責任を有するが、事業部の売上収入は本社に集中し、所要資金は本社から事業部に交付し、その資金の枠内で自主的に運用するものである。

(二)  控訴人主張の(二)は争う。本件人員整理後労働分配率は昭和四一年下期に四五パーセントになり、同期における直接工は五〇名増により二三〇名となり、これに対し間接工は二〇名減じて一四〇名となつた。

(三)  控訴人主張の(三)は争う。高崎工場における機械製作の作業は、軽作業や単純な反覆作業と異なり、重量のあるものを扱う作業であり、油を使用するため身体を汚染する筋肉労働であるから、女子には不適である。控訴人ら女子の解雇後、同人らが従事していた業務が全部廃止されたわけではないが、その業務のある部分は廃止され、他の部分は簡素化されて残存し、他の係の業務と統合することにより余剰となつたものである。

(四)  控訴人主張の(四)は、時機に後れた攻撃方法として却下すべきである。殊に本件訴訟は第一審において準備手続を経、要約調書が作成されたにかかわらず、同調書には控訴人の右主張の記載がないから、控訴人は民事訴訟法第二五五条によりその主張ができない。右主張が認められないときは、控訴人の右主張事実中、被控訴人が本件解雇につき就業規則第七三条を適用したこと及び労働協約に控訴人主張どおりの条項があることは認めるが、その余は争う。

(証拠関係)<省略>

理由

一、当裁判所は、控訴人の本訴請求はこれを棄却すべきものと判断するものであり、その理由は次のとおり付加訂正する外は、原判決の理由と同一であるから、その説示を引用する。

(一)  原判決二一枚目表八行目の「(第一回)」を削除し、同九行目の「右証言によれば、次の事実が認められる。」とあるを「原審証人中村冨士男、当審証人八木清登、同中井明孝の各証言によると次の事実が認められ、右と異なる当審証人山口孝の証言により成立を認める甲第一九号証及び右証人の証言は措信せず、その他右認定を左右する証拠はない。」と訂正し、同二二枚目表九行目及び末行の各「(第一回)」、同裏二行目の「(第二回)」、同三行目の「(第一、二回)」、同四行目の「(第一、二回)」を各削除し、同四行目の「同国広三男」の次に「当審証人金子賢治郎」を加え、同二四枚目裏五行目の「(第二回)」、同六行目の「(第一、二回)」、同二六枚目表九行目及び一〇行目の各「(第二回)」、同裏八行目の各「(第二回)」を各削除し、同二七枚目裏三行目の「証人中村馨」の次に「当審証人金子賢治郎」同三一枚目表四行目の「女児」の次に「の外夫の母」を各加え、同裏一行目の「千吉良フミ」とあるを「千木良フミ」と訂正し、同三三枚目裏一〇行目及び一一行目の各「(第二回)」、同三四枚目表二行目の「(第二回)」を各削除し、原判決全部を通じ、「原告本人尋問の結果」とあるを「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」と読み替えるものとする。

(二)  成立に争いのない甲第二〇ないし第二四号証、第二五号証の一ないし二二、第二六号証、第二七号証の一ないし一一、第二八号証の一ないし五、第二九、第三〇号証、第四二、第四三号証当審証人中井明孝の証言により成立を認める乙第二三号証、原審証人中村冨士男、当審証人中井明孝の証言及び弁論の全趣旨によると、公にされた被控訴人の営業報告書、有価証券報告書等によれば、昭和三九年上期から同四一年下期にかけ、被控訴人の経営は表面上黒字になつていること、しかしその利益のうちには被控訴人所有の鉱業用地及び社宅用地といつた固定資産を売却して得た臨時の利益等のいわば通常の営業活動から出た利益でないものが含まれていること、これを年度別にみると、昭和三八年上期は純利益五一八七万円中、固定資産処分益が四五三万二〇〇〇円で、実質利益が四七三三万八〇〇〇円、同下期は純利益五六八二万七〇〇〇円中、固定資産処分益が一四五四万九〇〇〇円で、実質利益が四二二七万八〇〇〇円、同三九年上期は純利益六〇五九万七〇〇〇円に対し、固定資産処分益が一二億八八一五万六〇〇〇円で、実質的には一二億二七五五万九〇〇〇円の赤字であり、同年下期は純利益六一四九万八〇〇〇円に対し、固定資産処分益が三八九万五〇〇〇円、そして貸倒引当金繰入取崩差額が六〇〇〇万円で、実質的には二三九万七〇〇〇円の赤字であり、同四〇年上期は純利益四八六二万円に対し、固定資産処分益が一億四〇五一万八〇〇〇円で、実質的には九一八九万八〇〇〇円の赤字であり、同年下期は純利益六七一六万八〇〇〇円に対し、固定資産処分益一億一〇八九万九〇〇〇円で、実質的には四三七三万一〇〇〇円の赤字であり、同四一年上期は純利益三二四九万四〇〇〇円に対し、固定資産処分益一億五一三九万六〇〇〇円、そして石炭関係補給金四二二九万二〇〇〇円で、実質的には一億六一一九万四〇〇〇円の赤字であり、同年下期は純利益二七四四万一〇〇〇円に対し、固定資産処分益一五八九万二〇〇〇円、石炭関係補給金五二二〇万円、合理化費用補填金取崩一億五〇〇〇万円、久利鉱業施設移転補償金一億三六四〇万円で、実質的には三億二七〇五万一〇〇〇円の赤字となつていること、従つて被控訴人は昭和三九年下期以降、本件解雇が行われた昭和四一年三月当時にかけて実質的には赤字経営が続いていたこと、ところが赤字決算が出ると、金融機関や取引先の信用を失い、営業活動に支障を来たすため、固定資産の売却等によつて、その不足分をうめたため黒字になつていること、また昭和三八年六月以降、石炭金属部門の外に、本社に機械事業部を設け、高崎、小山、足尾の三機械工場を直接機械事業部長の指揮管理下におき、機械部門全体の総合的運営を図つているが、しかし、機械事業部は独立採算制をとつているものではなく、毎期設定された利益目標を達成する責任は課せられているものの、事業部の売上収益は本社に集められ、所要資金は本社から事業部に交付され、その資金の枠内で自主的に運用していたに過ぎないことが認められ、右認定と異なる当審証人山口孝の証言により成立を認める甲第一九号証、及び右証人の証言は措信せず、また成立に争いのない甲第四号証の一ないし一五は、従業員の勤労意欲を喚起し、鼓舞するための宣伝をかねた社内報であるから、その記載内容がそのまま会社の経営の実体を示すものとはいえないので採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

そうすると、本件解雇当時、被控訴会社の経営は赤字不況ではなく仮に会社全体が不況の状況にあつたとしても、高崎工場は独立した体制をとり、かつ不況でなかつたから、本件解雇は理由がないとする控訴人の主張は採用の限りでない。

(三)  昭和四一年三月ころにおける高崎工場の従業員一人当りの付加価値は、他社のそれよりも低く、逆に労働分配率は他社に比べ上廻つており、このような生産性の低さは、主として間接部門の比率が高いことに原因するものであり、高崎工場における昭和四一年一月現在の従業員総数は三三八名中直接工一四七名に対し、間接部門に含まれる間接工と準直接工の合計が一九一名であつたことは、原判決の判示するとおりである。原審証人中村冨士男の証言及び弁論の全趣旨によると、右のような実態を是正し、生産性の向上を図るには、単に高額の者を解雇することによつてその是正ができるようなものではなく、生産性低下の原因となつている間接部門の事務の簡素化と人員の整理を行う必要があつたが、本件人員整理を含む間接業務の簡素化、能率化を図る対策を実施した結果、同四一年下期における労働分配率は四五パーセント近くに減じ、また同期における直接工は増加して二三〇名となつたのに対し、間接部門は一四〇名に減じ、その後高崎工場の生産は次第に向上して来ていることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

(四)  控訴人は合理化により、間接部門の女子工員に余剰が出ても、これを直接部門に配置し、直接工と間接工の比率を是正することも可能であると主張する。ところが原審証人中村冨士男の証言によれば、高崎工場における機械製作の作業は、家庭電気製品のように女子の手仕事、手先きに依存する軽作業と異なり、機械の重量も相当あり、また作業の性質上油を多量に使用する関係上、身体が汚染しやすい筋肉労働であつて、このような製品の特質や作業の性質からして、女子の労働に適しない(当時直接部門で就労していた女子工員は研削に従事する者一名のみであつた)ので、合理化によつて間接部門である女子工員の余剰が出たからといつて、直ちに直接部門に配置換えすることは不可能であることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

また原審証人中村冨士男、同国広三男の各証言及び弁論の全趣旨によると、人員整理の対象となつた控訴人ら女子の整理後、同人らが従事していた業務のすべてが廃止された事実はないけれども、その業務のある部分は廃止され、他の部分は簡素化されて、従来どおり一名をその業務に充てる必要がなくなつて、他の係の業務と統合し、結果的にその業務がなくなり余剰が出たことが認められ、右認定を覆えす証拠はない。

(五)  右認定事実に、原審証人中村冨士男、同国広三男、同中村馨の各証言をあわせると、本件解雇は企業合理化のため、人員殊に間接部門の従業員を整理する必要に迫られ、諸般の事情を考慮した結果、控訴人を解雇することになつた事実(詳細は原判決理由のとおり)が認められ、右と異なる当審証人秋葉力、同高垣隆成、同斉藤有功、同内田晴夫の各証言は措信しない。そうすると、本件解雇は、企業合理化に藉口した既婚女子の解雇であるということはできず、また控訴人主張の憲法及び労働基準法の各法条に違反するものではない。さらに本件全証拠によるも、本件解雇が被控訴人の労働政策に反対して来た控訴人を職場から排除するためのものであつた事実は認められないので、右事実の存在を前提とする解雇権濫用の主張も採用しない。

(六)  被控訴人は、控訴人の本件解雇は労働協約に違反し無効である旨の主張は、時機に後れた攻撃方法であり、また民事訴訟法第二五五条によりその主張は許されないという。本件訴訟は第一審において準備手続をへ、要約調書が作成されたが、同調書に控訴人の本件解雇は労働協約に違反し無効である旨の主張が記載されていないことは記録上明らかである。しかし被控訴人は、労働協約に控訴人主張どおりの条項があることは争わないところであり、また控訴人が新たに右主張をしたからといつて、そのため訴訟が著しく遅滞することもないから、被控訴人の右抗弁は理由がない。

(七)  労働協約と就業規則とが、それぞれ別箇の解雇基準を定めている場合、労働協約が優先することは所論のとおりである。従つて労働協約と就業規則とが、同じ解雇条項につき異なる基準を定めている場合には、就業規則により解雇することが可能であつたとしても、労働協約により解雇できない以上、従業員の解雇は許されない。被控訴人が控訴人を就業規則第七三条により解雇したことは、当事者間に争いがないところ、それが労働協約により解雇できない場合には、控訴人に対する就業規則に基づく右解雇は無効であるというの外ない。

そこで、本件解雇は労働協約第二九条によつて可能かどうかにつき検討する。労働協約第二九条は、経営上の事情による解雇事由として、「天災事変その他やむをえない事由のため事業の継続が不可能となつたとき」の外、「その他前各号に準ずるやむをえない事由があるとき」(第五号)を挙げているが、右第五号は企業経営上人員整理の必要が生じた場合その他を予想して、解雇制限に弾力性をもたせるために設けたものと解せられる。そして右にいう人員整理は、天災事変に匹敵する事情により事業の継続が不可能となつた場合でなくとも、企業を合理化して生産性を向上し、復配体制を確立するために行う場合もこれを含むものと解されるので、このような人員整理の必要が生じた場合、右第五号によつて従業員を解雇することは許されるものというべきであり、本件解雇が右人員整理のため行われたものであることは、これまでるる説示したとおりである。

(八)  当審に現れた全証拠によるも、原判決の認定を覆えしえない。

二、よつて控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺一雄 田畑常彦 丹野益男)

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